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『海女の島 舳倉島』

海を感じるBossaな本

海女の島 舳倉島 〔新装版〕 (転換期を読む) | フォスコ マライーニ, Fosco Maraini, 牧野 文子 | 本 | Amazon.co.jp
日本の文化に深い関心を寄せたイタリアの人類学者フォスコ・マライーニ。1950年代に記録映画撮影のため日本各地を訪れた著者にとって、舳倉島の人びとの生活は「詩的」であり「偽善とタブー」から解放してくれるものだった。

年明けからのライブ攻勢が一段落したので、久しぶりに寛げる本を読もうと思って手にした本。イタリア人学者が、記録映画を撮るために、観光化されていない海女の島を見つけ出し、訪れ、島の人々と打ち解けあう様子を、美しい文章、美しい日本語訳で収めたもの。場所は能登半島の沖にある舳倉(へぐら)島。

正統派オリエンタリズム

海女さんたちは主にアワビを取っています。何で男たちは潜らないかというと、男じゃもたないんだそうです。

巻頭にいつくか白黒写真があります。海女さんたちは腰にふんどし一丁、頭にバンダナみたいな恰好で潜るのですが、その際、アワビを岩からはがすための刀みたいなのをふんどしに差し込んでいるんです。これがなんとも恰好いい。漁が終わって集落に帰る時もそのままの格好、娘さんもおばちゃんも、みんな上半身は灼けた肌そのまま。著者は最初はちょっとエロでオリエンタリズムなイメージをもって島に入ったようですが、実際の姿を目にして「神々の彫刻のようだ」と言っています。

島には沢山の祠があって、弁天さんやら何やら、色んな神さんが祭られています。で、さすがに学者さんだけあって、それぞれがどんな神様なのか、この島に祭られているのはどういう意味があるのか、ちゃんと調べてるんです。

行先を考える際に柳田国男の書いた「海女のいる島地図」がでてくるように、対象としては民俗学のそれですが、手順としては文化人類学のフィールドワーク、ノリはむしろ探検家のそれです。幾分か下世話な興味から始まって、最終的には共感に至る。いい意味で正統派のオリエンタリズムを感じます。

シリーズ中では異色

未来社という出版社の『転換期を読む』シリーズ。初版は何十年も前。2013年に新装版として出版されたものです。

このシリーズは、その名前からも想像できるように、政治学・社会学・経済学の本が多い。本書のような民俗学のフィールドワークは異色。そして新版として再度の出版。きっと幸せな偶然が重なって、今こうしてこの本を読めるのだと思います。感謝。

日本語訳が美しい。さすが詩人。

全編が一編の詩のように感じられます。読んでいる間、時間の流れを忘れてしまいそうな不思議な感覚に包まれます。詩にも色々ありますが、本書は寛げる詩。だからと言って、ただ優しいだけの言葉ばかりではありません。色んな出来事を、優しい目で見つめなおすような感覚。そして読んだ後には、自分の中の何かがリフレッシュされたような感覚が訪れます。

同著者×同訳者の本

このシリーズ以外で、同著者×同訳者の本が他にもでているようです。読んでみよう。いずれも古い本なので、新品では手に入らないようです。そう、本は生ものなのです!

  • 『ヒマラヤの真珠』(1943年、精華房)
  • 『チベット――そこに秘められたもの』(1958年、理論社)
  • 『ガッシャブルム4――カラコルムの峻峰登頂記録』(1962年、理論社)

未来社HPより

日本の文化に深い関心を寄せたイタリアの人類学者フォスコ・マライーニ。

1950年代に記録映画撮影のため日本各地を訪れた著者にとって、舳倉島の人びとの生活は「詩的」であり「偽善とタブー」から解放してくれるものだった。口絵写真32点収録。

「海女たちの裸体は大変に美しく、だが普通日常のことで、ごく自然で、周りの風景の一部分として、岩や木の裸形と同じものとして見られるようになった。そして、そのとき、海に散らばる島に生きている女たち、男たち、子どもら、ここの人たちのきびしい、けれども詩的な生活の労苦をその光のなかで知るようになり、理解もし、高い評価もして、わたしは学びとることができたのであった。もし、日本の読者のみなさんが、特に海女の古くからの無心さと幸福とを、この本のページを繰り、その写真で見て下されば、わたしはほんとうに幸いである。

目次
1 腕、頭、脚、包み、子ども、袋、お尻、靴などの大洪水
2 《ヒツジ雲》の空は、《ウロコ雲》の空
3 海の子、海女
4 ほんものの海女を探し求めて
5 うさん臭さを、見て見ないふり
6 黒く険阻で、不気味な七つ島
7 土地を耕すですって? なんて恥ずかしいことだろう!
8 岩の筏に乗ってる人間と神様
9 灰色の石ころ道
10 《島の王さま》の家で
11 タイが海士、海女の心をやわらげる
12 イロリのそばに坐って
13 海底で、海女たちと
14 わずかな撮影にたいした苦労
15 一握りの土で、深淵を満たす
16 大鍋での入浴
17 ミコシは、神さまのおぼしめしで踊る
18 死者たちは海へ帰る
19 美人、妙子の岩礁、御厨島
20 儀礼的なあいさつと心からのあいさつ
解説 イタリア人の見た日本のヴィーナスたち(岡田温司)
フォスコ・マライーニ(Fosco Maraini)
1912年イタリア・フィレンツェ生まれ。写真家、登山家、人類学者、東洋学者。2004年逝去。
1930年代後半に日本に留学。北海道大学医学部に所属し、アイヌの信仰やイクパスイについて研究した。1946年イタリアに帰国、1953年再来日、日本各地をまわり記録映画を撮影した。京都帝国大学(現京都大学)でイタリア語を、フィレンツェ大学では日本文学を教えた。1987年~88年、京都の国際日本文化研究センター客員教授。1986年に国際交流基金賞受賞。
著書『ヒマラヤの真珠』(1943年、精華房)『チベット――そこに秘められたもの』(1958年、理論社)『ガッシャブルム4――カラコルムの峻峰登頂記録』(1962年、理論社)『海女の島《舳倉島》』(1964年、未來社)『JAPAN』(1971年、講談社)『随筆日本――イタリア人の見た昭和の日本』(2009年、松籟社)ほか。
牧野文子(まきの ふみこ)
1904年大阪市生まれ。神戸女学院卒業。「東京時事新報」記者を経て詩人として活動、翻訳なども手がける。1984年死去。
詩集『かぜくさのうた』(1953年、塔影詩社)『土の笛』(1964年)『白夜』(1971年)『こもれび』(1978年、以上理論社)。著書にイタリア紀行三部作『イタリアは青い空』(1968年)『知らなかった美しいイタリア』(1973年)『イタリアへの郷愁』(1976年、以上理論社)、訳書に『ヒマラヤの真珠』(1943年、精華房)『チベット――そこに秘められたもの』(1958年、理論社)『ガッシャブルム4――カラコルムの峻峰登頂記録』(1962年、同)『海女の島《舳倉島》』(本書、以上すべてフォスコ・マライーニ著)、編著に多田等観『チベット滞在記』(1984年、白水社)などがある。